このブログの執筆者: Subaru(Ting Yan Wong)。Moon Creative Labのデザインリード。プロダクトデザインとリサーチを通じてインパクトあるソリューションを生み出すことに情熱を注ぐ。eコマースやロジスティクス、ヘルスケアの分野で、ビジュアル、プロダクト、ブランディングに携わりながら、イノベーションに注力し、生活をより豊かにするためのデザインを追求。デザイン、プロダクト・イノベーション、ビジネス戦略とクリエイティブ・ソリューションの連携に関心がある。
「健康は空気のようなもの」
ある参加者がインタビューでそう言っていたことを覚えています。「健康」という概念が抱えるパラドックスをよく表すシンプルな言葉です。必要不可欠、かつ、深く個人的なものである一方で、目には見えにくく明確に表現できない——その抽象的な性質が、この分野のデザインリサーチを複雑でやりがいのあるものにしています。
Moonでは、幸運にも素晴らしいチームとともに様々なヘルスケア関連の仕事に携わることができました。人々の生活に密接しており、魅力的で意義深い取り組みです。ヘルスケアは単なるサービスやシステムではなく個人的かつ普遍的な経験と言えます。
人々は健康をどのように定義するのか?
生活の中ではどのような位置を占めているのか?
幸福を促進するもの、または阻害するものは何か?
すべてのヘルスケアプロジェクトにはこうした問いがつきもので、答えを導き出すためには、創造性、共感、抽象的なものを受け入れる姿勢、などが必要とされます。
このブログでは、ユーザーニーズを理解し、本当に重要なソリューションを創造するために役立つ方法を紹介します。私たちデザインリサーチャーは、どうやって無形のアイデアから有形のインサイトを手に入れるのでしょうか?
ある人の考え方を理解しようとしたときに、まずはインタビューで直感的に話を聞いてみようと思う人は多いかもしれません。表面的なインサイトの先を見据える定性的なリサーチでは、人々の個人的な経験・物語を明らかにしようと行われるものだからです。
しかし、個人的・感情的・文化的・社会的、様々な経験によって形作られる「健康」は、とくにリサーチが難しいものです。健康に関わる優先事項や生活習慣についてだれかに尋ねようとすれば、単純な質問以上のことが要求されます。なぜなら、信頼関係や感受性、そして、相手がオープンに思ったことを話せる心理的に安全な環境などが、リサーチの結果に大きな影響を与えるからです。
忙しい個人に向けて健康的な食習慣を紹介する「BEEfficient」というプロジェクトのリサーチ例を紹介します。私たちは当初から、インタビューの参加者に直接的な質問をするだけでは、予測可能な回答しか得られないと考えていました。食事内容や料理など食習慣に関する質問をしても、答えを誘導してしまう可能性が高いと判断していました。もっと内省を促すような、考え抜かれた質問が必要でした。また、定性調査ではデータそのものと同じくらい、ユーザーとのエンゲージメントが重要です。オープンな対話を促し、参加者の生活を深く掘り下げることで、有意義なデザインソリューションにつながるインサイトを発見することができます。
私たちが実際にした質問は、参加者に仕事、人間関係、社会環境といった日常生活について話してもらえるよう促すものでした。外的な影響が彼らの習慣をどう形成しているかを探り、ライフスタイルや価値観に影響している要因をより包括的に捉えることが大切でした。こうしたアプローチは、健康を指向する行動と、より広範な生活背景との相関性を浮き彫りにすることができます。
リサーチの対象者には、自分の考えを言葉にして話すことが苦手な人もいます。心の深いところにある感情や複雑な思考プロセスについて自分自身で気づけていない人も多いでしょう。リサーチャーの目標は、多様な視点を集め、多角的な分析を可能にすることで、意味空間の中にある隠れた層を明らかにすることにあります。
「BEEfficient」プロジェクトのリサーチプロセスを劇的に楽しいものにしたのは、インタラクティブなインタビューエクササイズでした。
私たちは、参加者にとって快適で自由な発言がしやすい環境をつくろうと努めました。答えを十分に考えられる時間の確保だけでなく、従来の面接にありがちな形式的なプレッシャーを軽減し、楽しいインタビュープロセスの設計を目指しました。
このエクササイズでは、参加者に対して食に関する決定要因を表示し、任意のものを選んで優先順位をつけてもらいました。多くの参加者はインタビューで家族の影響が大きいと話していましたが、エクササイズの結果では家族の影響は思っているよりも小さいことがわかりました。家族関係は長期的な習慣形成に影響しますが、目先の食の決定は、利便性、コスト、欲求といった短期的な要因に左右されていました。
エクササイズは、こうした微妙な力関係を浮き彫りにしただけでなく、楽しく協力的な雰囲気をつくることにも成功しました。リラックスして参加できる環境をつくったことで、参加者が尋問されているような気持ちになることはなく、有意義な活動に参加したと感じてもらえたようでした。その結果、私たちは具体的なインサイトを得ることができました。
当然、オンラインインタビューやリモートインタラクションだけでなく、ユーザーと対面することで深いインサイトが得られることもあります。現実の行動や経験を観察できるため、ユーザーをより深く理解できるでしょう。
三井物産シンガポールからMoonにEIR(Entrepreneur-In-Residence/社内起業家)として参加したSerene Liは、ワークアウトの習慣とパフォーマンスを高めるためにデザインしたプロダクト「VitalGrit」で、対面のリサーチを実践しました。彼女は、自分のプロダクトが、幼い子供のいる家庭で役に立つのかを調べていました。1~3歳の幼児と一緒に運動する難しさと喜び、そして、家族で運動することの利点を探求したいと考えていました。リサーチでは調査対象者の自宅を訪れ、週末の過ごし方を観察しました。調べたのは、生活環境や家族間のやりとり、保護者が子供に運動についてどう指導するのかなどです。
Sereneは、調査時にプロのトレーナーとして指導も行い、観察すると同時に参加もする、インタラクティブなリサーチ方法を実践しました。このアプローチでは、幼児の運動神経の発達レベルや注意力の持続時間が、指導を難しくする大きな理由であることが明らかになりました。一方で、家族でエクササイズを行うことが、健康的な習慣形成の後押しだけでなく、幸福を軸にした親子間の感情的な繋がりや関係性を強化することもわかりました。また、ワークアウトプログラムをどう構築するべきかや、ワークアウト中の子供を管理する上で保護者に必要なものは何か、といった課題に関する深いインサイトを得ることもできました。
その結果、私たちはプロダクトの価値提案を見直し、一緒に運動する本質的な利点として “感情的なつながり” を強調する新たな方針への転換を決めました。実現可能性がより明確になったほか、コンセプトを改良して、個人・ワークアウト・環境をつなぐ社交的なアクティビティはどんなものなのかをより深く探ることもできました。これは、ユーザーの生活に自ら参加して観察を行うことで、素早く課題とチャンスを発見した一例です。
デザインリサーチは、抽象的なアイデアと実用的なソリューションのギャップを埋めるために、具体的なインサイトを収集するものです。正しい問いを投げかける、インタビュープロセスを楽しく設計する、ユーザーの生活に没入するなど、ステップを踏むことで人々にとって本当に大切なものが何か理解を深めます。なかでもヘルスケアというテーマは、個人の生活のなかで意義深いものです。
好奇心、共感性、創造性を研究の実践に取り入れることで、私たちは人間の個別の行動や価値観の間にある隠れた層の存在を明らかにします。こうしたインサイトは、インパクトを生むソリューションの開発を導き、プロジェクトチームとサービスを使うユーザーの関係性をより深く育みます。
単にデータを集めるだけではユーザーを理解することはできません。ユーザーを理解するとは、彼らの経験を尊重し、そのニーズを念頭に置いてプロダクトをデザインすることであり、そのストーリーを伝えることで達成されていくものでしょう。
複雑なヘルスケアの世界で探求を続ける私たちにとって、あらゆる質問、あらゆるエクササイズ、あらゆる観察が、真の変化を目指すソリューション創造への重要な一歩なのです。
Moon Creative Labでは、スタートアップを支援するためのプログラムを複数提供しています。ご自身のビジネスアイデアと成長に変革をもたらしたい方はぜひ参加をご検討ください。詳しくはウェブサイトのトップページから。
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