このブログの執筆者:山岸卓矢(やまぎし・たくや)。Moonのシニアデザインリサーチャー。広告代理店で広告戦略立案やブランドコンセプト開発、ユーザーリサーチに従事。より人間中心の考え方を学ぶために、ロンドン大学ゴールドスミス校やデザインスクールのハイパーアイランドで、デザインリサーチやサービスデザインを学ぶ。ユーザー理解やニーズの把握、仮説検証、プロトタイプの開発・テストまでをリード。
現在Moonでは、特定の業界の未来のトレンドや将来的なビジネスチャンスを発見するために「Future Visioning」というアイデア発散型のワークショップを行っています。今年の1-2月にかけては「未来の働き方、スキルアップ」というテーマで開催しました。
ChatGPTをはじめとするAIサービスは凄まじい速度で進歩しています。そのなかで人の働く目的、働き方はどうなっていくのでしょうか?ワークショップでは、働き方はより流動的になり、また一人ひとりの個性が問われる時代へと変わっていく可能性が見えてきました。そのアイデアや予測について紹介します。
目次
ドラゴンクエスト(通称ドラクエ)はご存じですか?プレイヤーが勇者や冒険者となり、仲間とともに魔王などの強敵に立ち向かい、広大な世界を冒険するロールプレイングゲームシリーズです。
今回のワークショップでは、AIが仕事に普及するとともにドラクエ的な働き方が増えていく可能性が見えてきました。それでは、「ドラクエ型ワークスタイル」とはどのような働き方でしょう?ワークショップの結果を元に5つの要素にまとめました。
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ドラクエ型ワークスタイルの特徴
ドラクエに限らず多くのRPGでは冒頭で「ミッション」が明らかにされます。魔王を倒す、戦乱の世を平定するなど、ゲームをクリアするための条件です。このミッション達成への意欲が何時間もかけてゲームをやりきる大きな原動力になります。
今回のワークショップでは、AIが仕事に普及すると、人はより「Vision driven」になり「Purpose」のために働くようになるという意見がありました。単純作業や面倒な業務から解放されることによって、なぜ私は働くのか?何のために働くのか?という意義を大事にするようになるからです。こうしたなかで、自分が共感するミッションやビジョンを掲げる企業のもとで働きたいという欲求が高まり、その結果企業だけでなく地方自治体やそれぞれの地域に住む人々それぞれがミッションを掲げ、そこに共感する人が集まり、ミッションでつながったコミュニティが生まれるという意見も出ました。
ドラクエには「パーティー」という仕組みがあります。複数のキャラクターでチームを組み、その都度必要なメンバーを選びながら、与えられた課題の達成を目指します。キャラクターには戦士や魔法使いなどそれぞれ役割があり、敵のタイプや状況に合わせてメンバーを編成します。
この「プロジェクトベース」と「チーム」という考え方が仕事により適応されていくようになるでしょう。仕事は「プロジェクト」単位で管理されるようになり、その達成に必要なスキルや人員、予算が設定されます。これに基づいて「チーム」が編成され、社内・社外から必要な人員が集められます。プロジェクト完了後、チームは解散し新たなプロジェクトのために再編成されますが、この流動性こそが、経験の共有や偶発的な出会いを生み、新たなプロジェクト成功の鍵となります。
履歴書には、どのようなプロジェクトに誰と参加したのか、その経歴が記されることになるでしょう。履歴書はあなたのこれまでのプロジェクトをまとめた冒険譚として毎年アップデートされていくのです。
多くのゲームではキャラクターのスキルがスコア化され、プレイヤーに表示されます。例えば、ちから、すばやさ、かしこさ、などがあります。そして、モンスターとの戦闘を通じて経験値がたまり、能力が上がっていきます。
同じように、今後は一人ひとりのスキルが可視化され、より適切なトレーニングプログラムがパーソナライズされて提供される未来が予測できます。実際にアメリカではここ数年、従業員のスキルを管理・向上させるテック領域「Skills Tech」が注目されています。スキルアップの方法は座学ではなく、学習用のプロジェクトで擬似的な仕事をしながら自然と学ぶ「模擬実践スタイル」が広がるでしょう。
ハードスキルだけではなくソフトスキルについても同様です。人間にしかできないことや人間同士の関係だからこそ必要とされるヒューマンスキルの重要性がワークショップでたびたび話されました。様々なスキルが可視化されることで、チーム編成が行いやすくなり、スキルアップトレーニングも効果的に行えるようになります。
ドラクエⅢには「転職」というシステムがあります。これはキャラクターが一定のレベルを超えると、他の職業にジョブチェンジできる仕組みです。例えば、「魔法使い」から「戦士」になると、「魔法が使える戦士」ができあがります。
実際の仕事では、転職や異動でまったく異なる職種につくことは珍しいでしょう。しかし、AIが普及し、様々なスキルの取得が容易になると、これまでのキャリアの延長線で「何ができるか」を考えるのではなく、「何をしたいか」に基づいて自由に職を選びキャリアを設計できる世界へと近づいていきます。
最終的には様々なスキルを掛け合わせて、その人独自の職業が生まれることが想像できます。
ドラクエでは武器や防具を身につけて攻撃力や防御力などの能力をあげます。武器や防具がなければクリアすることは不可能なほど重要なツールです。特殊なスキルをもったアイテムや、格段の性能を持った幻の武器もあります。このように自分の能力を上げたり、特殊なスキルで作業効率を上げることは、まさにこれからAIが果たしてくれることでしょう。
また、後のシリーズではモンスターを仲間に加えて一緒に戦えるシステムも取り入れられました。仲間になったモンスター=AIエージェントと捉えることもできます。いかに優秀なAIエージェントを従え、使いこなせるかが成果を左右します。
このようにAIが当たり前になってくると、使いこなし方がビジネスリテラシーとして重要になってきます。また、超高性能なAI・AIエージェントは非常に高額で販売され、アクセスできる人は限られるかもしれません。「ロトの剣」のような伝説的AIの存在がまことしやかに囁かれる時代がくるかもしれませんね。
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さて、これまでドラクエ型ワークスタイルの5つの特徴を見てきました。AIは仕事を奪う、といったニュースから将来の働き方に対して悲観的な人もいるようですが、ゲームをしていたときの気分を思い出してみましょう。ワクワクして、時間を忘れるほど没頭していたのではないでしょうか?今回のドラクエ型ワークスタイルは、そうした楽しくイキイキと働いている人の姿を描いています。
ここ数十年でパソコンを使うことが当たり前になったように、近い将来AIを使いこなすスキルは必要不可欠なものとなるでしょう。しかし、そこにはスキルより重要なことがあります。それは「自分は誰とどんな冒険をしたいのか?」という問いです。
この問いに対して曖昧でも何か答えられるものがあるならば、AIが強力なツールとなりその実現をサポートしてくれるでしょう。
最後に、ドラクエ型ワークスタイルに関連したニュースや、Moon Creative Labがサポートしているプロジェクト、スタートアップを紹介します。
1.社内スカウトで人材流出を防ぐ新サービス「社内版ビズリーチ by HRMOS」提供開始
"生成AIを用いて、社員の数年分にわたる成果や経験を数分で「社内レジュメ」として文章化します。入社前の職務経歴・入社後の異動歴、目標や実績などから、社員のキャリアサマリや保有スキルがレジュメの形式で書き出されます。「社内ポジション要件」としてポジション名・職種・スキルを入力することで、ポジション要件が自動で言語化され提案されます。さらに「この社員のポジション要件を言語化したい」というニーズにも対応しており、特定社員の職務経歴データや保有スキルをもとにポジション要件を作成することが可能です。"
Reference: https://www.bizreach.co.jp/pressroom/pressrelease/2025/0128.html
ビズリーチ社の新しいサービス「社内版ビズリーチ by HRMOS」。「社内版ビズリーチ」という言葉が注目されていますが、私が注目したのは「社内レジュメ」の作成機能です。
保有スキルの可視化は「能力が可視化され、仕事を通じてレベルアップしていく「ドラクエ型ワークスタイル」につながる第一歩のように感じます。
また、ポジション要件の自動作成は「プロジェクトベースで必要な仲間とチームを組む」流れを加速しそうです。
2.DeNA南場智子が語る「AI時代の会社経営と成長戦略」全文書き起こし
"半分の人員で現業を成長させていきます。そしてその残りの半分で何をするかというと、新規事業をやっていきます。一つの新規事業ではなく、10人1組でユニコーンを量産するというようなイメージで、クレイジーに攻めていきたいと思います。"
Reference: https://fullswing.dena.com/archives/100153/
こちらはDeNA社が開催した「DeNA × AI Day || DeNA TechCon 2025」のオープニングで、DeNAの南場代表取締役会長が行った講演の一節です。AIにより劇的に生産性をあげることで、既存事業を現在の半分の人員で成長させる代わりに、残りの半分で何をするか?という文脈での発言でした。アメリカでは7人で3000億円のバリュエーションをつけるユニコーンが生まれているという現状が「10人でユニコーンを量産する」というアイデアにつながっています。
この動きは、まさにAIという武器を最大限使いながら10人でパーティーを組んでミッションを達成する「ドラクエ型ワークスタイル」を表していないでしょうか。「クレイジーに攻めていく」との発言も、少人数のグループを組んでAIを駆使しながら新規事業に取り組むスタイルが今後当たり前になっていくことを予感させます。
3.自分のキャリアをデータで冒険。未来への地図を描こう|キャリウム株式会社
キャリウム社(https://www.carrium.co.jp/)の提供サービス「キャリアフォース」は、実在する約100万人のキャリアデータをもとに、キャリアの道筋を可視化し、未来の可能性を模索できるサービスです。過去にあなたと同じようなキャリアを持った人が、その後どのようなキャリアを歩んだか、そのキャリアパスを定量的に知ることができます。
このサービスでは、自分が思っていた以上に多様なキャリアの選択肢が目の前に広がっていることがわかります。自らが持つキャリアの可能性を知り、選択肢を広げていくことは、自由にジョブチェンジができる「ドラクエ型ワークスタイル」の世界観につながります。
今後は職歴書に基づきパーソナライズされたキャリアを提案するサービスも提供予定。キャリアデザインの新しい未来を感じさせます。
4.思考力を磨く音声教養メディア|VOOX
VOOX(https://www.voox.me/)は、ベストセラー本やビジネス書の著者が生の声で本一冊分の知識を届けるオーディオブックサービスで、「Amazon Audible」や「VOOX」のアプリでコンテンツが配信されています。
新たに立ち上げた「Future Lab」というサービスでは、リベラルアーツを土台に「未来を創るテーマ」「領域横断の議論」「知性の社会実装」の3つを軸に、人間に求められる「概念化し本質を理解する能力」を高めるワークショップを提供しています。
ドラクエ型ワークスタイルにおいてミッションが重要と述べました。人々を惹きつけるミッションを作るためには、事業の本質を深く理解し、重要な要素を見極める力が欠かせません。概念化能力を高めることで、企業が共感を呼ぶ魅力的なミッションを発信し、人材を引きつけるだけでなく、社員のエンゲージメントを大きく高めることもできるでしょう。
Moonでは、AI時代における新しい働き方やリスキリング/アップスキリングに興味のある人事担当者の方、この領域で事業を行っている企業・スタートアップと将来の働き方やスキルアップについてディスカッション、ワークショップを行いながら新しい可能性を探っていきたいと考えています。ご興味のある方は、takuya@mooncreativelab.com までご連絡ください。
文・山岸 卓矢(やまぎし・たくや)
Moonのシニアデザインリサーチャー。広告代理店で広告戦略立案やブランドコンセプト開発、ユーザーリサーチに従事。より人間中心の考え方を学ぶために、ロンドン大学ゴールドスミス校やデザインスクールのハイパーアイランドで、デザインリサーチやサービスデザインを学ぶ。ユーザー理解やニーズの把握、仮説検証、プロトタイプの開発・テストまでをリード。
All Illustration by Freepik Storyset(https://storyset.com/)
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