VOOX(ブックス)は、1話10分全6話で、著者本人の生の声によって本1冊分の知識を届ける音声教養メディア。著者本人が語ることで、著者が込めた思いや熱量がダイレクトに伝わるため、第三者のナレーターが読み上げるオーディオブックにはないおもしろさがあります。そのアイデアが生まれたきっかけは?
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洪:もともと音声サービスには興味をもっていました。理由は大きく分けて2つあります。
1つは、本は好きで大切だと思う一方で、本を読めていない自分がいました。とくに難しい本はそうなりやすいですよね。古典や、ロジックを読み解くのが難しい複雑な内容の本だと、なかなか1人で読んでいくのも大変です。
2つ目は、2016年からインドネシアに駐在していて、2年ほど車で通勤していたから。車を運転している時間が長く、音声コンテンツは生活に必要な情報インフラだったんですね。
もともとラジオだけでなくさまざまな音声コンテンツを利用していて、オーディオブック、ニュースを音声で届けてくれるサービス、北京大学の経済学の音声講義などなど、音声サービスへの関心は強かったんです。
ところが、アメリカや中国と比べると、日本はラジオ以外の音声コンテンツが少なかった。あったのは英語学習のポッドキャストくらい。ラジオは大好きなはずなのに、他の選択肢が少ない。
だから、違うフォーマットで違う音声コンテンツを提供すれば伸びるのではないかなと思っていたんですね。そして、Moonの新規事業アイデア募集を知り、本格的に事業化を考えはじめたというわけです。それからアイデアをブラッシュアップして応募し、Moonに出向することになり、2020年の夏ごろウェブサイトをローンチしました。
洪:最初はチームに3人しかおらず、コンテンツをつくる知見がありませんでした。ただ、大切にしたいことは今と大きく変わらずにありました。当時から10分間のスキマ時間を使って聞けること、体系的にまとめ上げた情報が聞けること、学びが得られること、この3つにはこだわっていたので、最初は経済学をテーマにして、1話10分間のコンテンツを、100話分ぐらいつくろうとしたんですね。
つまり、それを聞けばみんな経済学が理解できるだろうと。もしくは「学べた」と感じてもらえるのではないかと考えました。そんな企画を考えたのですが、おもしろくなかったんです。正しいけどおもしろくない。そもそも、そんな長いコンテンツは最後まで聞けない。
これじゃまずいと思い、編集者を探すことにしました。そして出会ったのが、書籍編集30年の経験を持ち、元ハーバード・ビジネス・レビュー編集長の経歴も持つVOOXの現編集長・岩佐文夫さんです。
それからVOOXの世界観や編集方針を見直し、結果的に10分のコンテンツを6話分まとめてシリーズ化する今の形にたどり着き、さまざまな企画を提供できるようになりました。
洪:当初は100話つくろうとしたのですが、100話どころか10話で構成を作っても、途中から内容が重複してくるんですね。そういう理由もあって最終的に6話に限定しました。それから、著者本人が語るやり方については、ユーザーテストでいくつかの方法を試したときに、明確に結果が現れたことが理由です。
ランディングページを1つ用意して、そこに録音したサンプルを3パターン載せ、募集した120人くらいのユーザーにテスト視聴してもらいました。
結果が良かったのは圧倒的に本人による解説でした。
もともと「本人による解説」は、コンテンツを第三者のナレーターが読むか、本人が読むか、という選択肢の一つでしかなかったのですが、ユーザーへの定性インタビューで所感について聞き、会話をしながらその人がどこまで音声コンテンツの内容を覚えていたかを分析した結果、学びと結論が一番頭に入っていたと言えるのが「本人による解説」を聞いたユーザーだったんですね。
それは、音声コンテンツの構成を本人が考えた結果なのかもしれませんが、そのメリットは単にコンテンツの理解度を高めるだけに留まりませんでした。
音声コンテンツを作成する際は、できるだけ著者の癖を残すために、あまり細かいことは決めません。コンテンツの収録時に複数の質問を箇条書きでまとめて用意するだけで、一語一句指定した台本をつくってはいません。録音データも間違いがあったところを録り直すことはあれど、基本的には編集しません。この方法は、ユーザーにとってだけでなく、著者にとってもさまざまなメリットがあるようなんです。
それは、著者本人の思考の整理にも役立っているということ。じつは、VOOXで話していた内容をベースにして、新たに出版された本もあるんですね。最初は本を執筆する意向がなかった著者の方が、VOOXで話してみたところ本になりそうだということに気づき、VOOXが著者と出版社をつないで、最終的に本の出版に至りました。
こうした事例が増えたことで、VOOXは著者だけでなく編集者や出版社にも、さまざまなメリットを生み出し始めているのではないかと実感するようになりました。
洪:元々VOOXでは、編集チームのメンバー自身が、読んでよかった、おもしろかった、と思う本の著者にお願いをして、音声でも語っていただくということが、コンテンツ制作の主な流れでした。しかし、著者と話してみると毎回読んだ本を超えるネタが出てくるんです。すると、既存の本のことだけでなく、この企画で話してもらえないだろうか?という展開が生まれ、それが新しい音声コンテンツになり、そのなかで話していたことがさらに発展してまた新たな本になる……そういう新しい流れが生まれてきたわけです。
こんな話もあります。本を書いててちょっとつまずいたから、VOOXで話してリフレッシュしよう、と。これは、たまたまその本をプロデュースする人がVOOXの編集長だったからできたことですが、著者のつまずきや行き詰まりをほぐす場として使ったわけです。
別の編集者の方もそういう意味で使うことがありますし、そのほかにも、本を書こうとしていたテーマがあるけれど、長い期間放置していたのでリマインドを兼ねてVOOXで話しましょう、ということもあります。
そう考えると、編集者がVOOXを活用するメリットはいくつもあるんです。まだ世に広く知られていない著者について知る場。著者のつまずきや行き詰まりをほぐす場。企画やアイデアに刺激を与える場。新人を発掘するための場。もちろん本を宣伝する場でもあります。
現に、だんだんみなさまから連絡をくださることも増えています。良い本を見つけて出版社に連絡をしたら、今度は出版社からこの本はどうですか?と連絡をくださるようになりました。また、VOOXに出た著者がほかの著者を紹介してくださることもあります。3年目にしてようやくですが、著者や編集者だけでなく、出版社とのつながりも、徐々に広がってきていることを実感しています。
それから、とある編集者の方が面談の場でVOOXの話を聞いて「書籍をつくる編集スキルをどこへ転用できるか分からなかったが、こういう場で使えるんだと思った」と仰っていて、書籍編集のスキルを活用できる場になれるかもしれないと思えたことも嬉しい出来事でした。
VOOXは本を直接的につくれるわけではありませんが、つくっている音声コンテンツは書籍編集に関連する経験や知識がないとできません。VOOXのことを知って、そう思ってもらえたことには感動しました。
洪:今、本を読む人はどんどん減っていますが、このままではいけないと思っていますので、VOOXが本とのシナジーを生み出せるサービスになれたらと思っています。
私たちは元々、本を代替しようとは思っておらず、本を紹介しようとしてきました。そのうえで、読者と著者ともっと深いつながりをつくっていこうとしています。
6月には、Audible(オーディブル)でもVOOXのコンテンツを利用できるようにして、さらに多くの人に届けようとしていますが、一方で特定の著者のファンやリスナーにとっては60分のコンテンツでも物足りないだろうなと思っていて、もっと著者と読者のコミュニケーションを深めるためにはどうすればいいのかも重要な課題として認識していました。
「出版前読書会」はその課題を解決するためのアイデアの一つでした。
洪:コロナがあったことで、今までオフラインのイベントができなかったのですが、やってみると著者に会えるイベントは想像以上に盛り上がりました。読者がきてくれるわけですから、著者の方も生き生きしていたことを覚えています。今後もどんどんやっていこうと思っています。
音声コンテンツというニッチなマーケットですので、どうしたらみんなに知られている状態に持っていけるかをいつも考えています。雑誌なら5万人に知ってもらえたらみんな知ってるな、とか、書店の棚に並んでいたら手応えを感じるな、というような感覚があると思います。私たちは、「VOOX」でそうした風景を見るにはどうしたらいいだろうかを考えながら、今も一つひとつコンテンツを作っています。
VOOXは、2020年にWebサイトをローンチ後、2021年にアプリ(iOS, Android)をリリース。孫泰蔵さん、為末大さん、楠木建さん、山口周さん等、各界第一人者の肉声で本1冊分の知識を語ります。新規シリーズは、リリースから2週間無料で公開されています。
2023年6月より、世界最大級のオーディオブックおよび音声コンテンツ制作・配信サービスである「Audible」へのコンテンツ提供を開始。6月27日には、元プロ野球選手で現在はビジネスコーチとして活躍している高森勇旗さんを招いた『降伏論』出版記念イベントを開催。7月にも為末大さんを招いた『熟達論』出版前読書会を開催しました。
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